言霊人
違わぬように
もはや習慣となってしまった、縁側で夜空を眺めながらは縦長に切られた紙を片手に唸った。現代での正確な暦は分からないものの大体この時期だろうと勝手に検討をつけ、は今日を七夕ということにした。こちらに七夕の風習は一切無く、笹に短冊をつける彼女は単なる変わり者になるだろう。と言っても、アムスラン家から与えられた自室の隅にちょこっとしばらくの間飾るくらいなのだ。しかしが悩んでいるのは変わり者のレッテルについてではなく、願いごとについてであった。
(元の世界に戻りたい)(物語が無事進みますように)(これ以上厄介ごとに巻き込まれませんように)
ぱっと思いついた願いにの胸が痛んだ。これが自分の本心なのだ、自己保身ばかりに罪悪感が姿を現した。こんな願いを自室とはいえ短冊に書いて笹につけれるわけが無い。願い事一つ考えるのに苦労するならば書かなければ良いものをと溜息を吐いた。
「……また溜息か?」
気がつけば傍に立ち、了解を取るまでもなく当たり前の様にの隣にタイガが腰掛けた。
「短冊を片手にどうしたというのだ」
「……」
はどこまでも素直に答えたものかと言葉に詰まった。けれどもすぐに考え直し、タイガの方へ顔を向けた。
「これに、願い事を書くのです」
「願い事?」
「はい。私のいた国では夏のこの時期に七夕といわれる伝説というか、風習があって、その時に使うのです。伝説は簡単に言ってしまえば夫婦が離れ離れになって一年に一度しか会えない……話なのですが。その伝説と長いときを経てきた風習があいまって私の時代にはこの様な短冊に願い事を書き、笹の葉にかければ叶うというものなんです」
「……かなり伝説を省略したようだな」
「……その、正確な、伝説は把握していないというのが正直なところなので深く掘り下げられると辛いです……」
「分かった、分かった。で、これからその短冊に願い事を書こうということか」
はい、とが頷いた。だがそのまま黙ってしまったにタイガは察した。
「貴女に願い事は無いのか?」
「……無いと言えば嘘になります。ですが、それを願い事として書きたくありません」
「……、ならば俺が代わりに書いてもよいだろうか」
「へ? あ、どうぞどうぞ」
そう言って手に持っていた短冊をはタイガに渡した。墨を借りると一言断ってからの部屋で何やらさらさらと書いて出てきた。
武芸上達
短冊を目にしたははっとした。願いとはこういうことだった。自分が考えていたのは希望であり、単なる欲だ。見失っていた何かがすうっと戻ってきたように感じて、はほっと息を吐いた。
2011/09/10