私的まほろば

いたずらとおじさん

10月31日。
それが何の日であるかまだ良く知らない幼気な少女は元気よく玄関に駆け込み、元気よく絶叫した。続く大音量の泣き声は、もはやこの屋敷に馴染んだもので誰も気にも留めない。絶叫の原因――、それは休暇が取れたと気まぐれで帰ってきた理一が、宴会の余興で使ったものを気まぐれで始めたことであった。陣内栄の曾孫、陣内は今日も元気でした。



「うわー!」

は珍しく、父親の膝の上で泣いていた。そしての膝の上にはしっかりとアライグマのぬいぐるみが鎮座している。理一は少し困ったように、主に楽しそうにの前の席を陣取った。けれどその姿は泣きじゃくる彼女の神経を逆撫でするものでしかない。その姿とは、黒のスーツに黒いマント、どこで仕入れてきたのか分からないドラキュラの様な牙。ニヤリと不敵に笑った姿は様になっており、大人達から見ても良い出来といえる仕上がりである。翔太からは尊敬の眼差しを、他の大人たちから呆れの眼差しを見事に受け流している。これが自衛隊の本気か、と的外れな太助の感想にすさかず理香が突っ込みを入れた。

「って、おい、ハロウィンは子供が仮装するもんだったろ。お前がやってどうするんだよ」
「まあ正確にはそうなんだが、俺もせっかく持ってるのだからやりたくて」
「おかげ様で泣き虫姫は大泣き」
「参ったなあ、と遊ぶためにやったんだが」
「うちのビビリを甘く見ないほうがいいぞ」

理一が席を立ち、の傍にひざまずき頭を撫でてご機嫌取りを試みる。聊か泣きつかれてきたは不貞腐れてそっぽを向いて、徹底的に抵抗していた。

、いいか、今日は『Trick or treat』お菓子をくれなきゃいたずらするぞって言って脅して、大人からお菓子を貰うイベントの日なんだ」

太助が、色々と説明省きすぎだろう、と溜息を吐いてから少し助け舟を出してみた。

「ほら、翔太と一緒にお菓子を貰いに行ってこい」

は涙を太助の服で拭きながら呟いた。

、いたずらなんかもうしない、だから、理一おじさん意地悪しないで、怖いおじさんはいや」

幼くも必死な願いに理一は思わず言葉が詰まった。太助は無意識にしたり顔をするが、すぐさまそれを隠して己の娘の背中を撫でる。

「よし、それならそれでいい。こんな怪しいおじさんと遊んでないで他の奴らと遊んで来い」

もう一度父親の服で涙を拭い、力強く頷いたはアライグマのぬいぐるみを片手に理一を振り返ることなく颯爽と駆け足で去っていった。リビングに残された理一がとても困ったように笑い、そこへ間髪居れずにまた理香は突っ込んだ。

「あららー、これこそ本当の道化ね」



突然現れた珍客の観察に飽きた頃、侘助は適当に声をかけた。

、てめえはなんでわざわざ俺の部屋で菓子を食うんだ?ほら、俺にもよこせ」

侘助はベッドに腰掛け、勉強机の椅子の上で正座していると向き合った。はアライグマのぬいぐるみを左腕でがっちりと抱きしめ、右手で机に置かれている麦チョコをちまちま食べる。ニシシと笑った侘助は遠慮なくが一粒一粒食べている麦チョコを、横からがっさり一掬い分取った。は、突然起きたあまりにもショッキングな出来事に、目を見開き侘助を見つめたまま固まった。それを知っていながら、侘助はワザとらしく一気に口に運び、一瞬で食べた。自分が大事に大事に食べていた大好物の麦チョコを瞬く間に食べてしまった侘助に、は怒りを越えてただただ溢れてくる驚きに口をぽかんと開けていた。そこへ侘助はちょいと麦チョコを投げ入れる。それに気がつき、慌てて咀嚼すれば侘助がにやりと笑う。

「『Trick or treat』ってな。もう食わねえなら残り貰うぞ」
「だ、だめ!」
「……ったく、お前の王子様はどうした。俺んところでいじけるたぁ珍しいじゃねえか」
「理一おじさん、怖いからいや」
「おっ、ついに奴に愛想つかしたか。嫌いになったのか?なら言ってやれ、それの方が小気味好い」
「嫌いじゃない!いやなだけ!ねえ、……あいそってなあに。こきみいーって?」

侘助がこれまでに無いくらい楽しそうな表情を浮かべ、は難しい言葉に首を傾げた。そんな時、廊下と部屋を仕切る襖が開いた。

「侘助、なんでお前はそんなに嬉しそうなんだ?」
「別に深い意味は無いぜ、王子様」

再びニシシと笑う侘助に、理一は溜息をついた。は理一の登場に一瞬身体を強張らせるも、普段通りの姿にふにゃっと気が緩んだ笑みを浮かべた。続いて理一はに腕を開き、全身を見せてから笑いかけた。

「姫君、これで許してくれるかな?」
「うん!」

いつも向けてくれるような満面の笑みを浮かべたをみて、理一は不敵に微笑み、先ほどと同じようにの傍にひざまずいた。

「許してくれた証拠に、姫君から抱きしめてもらえないかな?」

その言葉に、はタックルかと思うほどの勢いで理一の首に抱きつき、理一はそれを難なく受け止め立ち上がった。持ち主に裏切られ容赦なく手放されたアライグマのぬいぐるみは床に落ちるも、誰にも拾ってもらえない。の頬にリップ音を付きのキスをしてから、僅かに咎める口調で言う。キスされたは、赤くなった両頬を手で包みながら照れたように締まりのない笑顔を浮かべた。

「全く……部屋に戻ってもいないから心配したぞ。まさかコイツの部屋にいるとは、とんだいたずらをしてくれたな」
「……光源氏は随分と嫉妬深いようだな、くわばらくわばら」
「ひかるがんじー」
「そんなお転婆なお馬鹿紫も可愛いんだがな。…夏希がいないからってで遊ぶなよ」
「惚気か。……、お前も苦労するぞ」
「んー?は、理一おじさんが一番好きだよ。なんで、くろうするの?それより、の麦チョコとってー」
「だーめ、俺が貰った」
「侘助、をいじめるな、泣くから」


(2010/10/28)
2010年、ハロウィン企画
光るガンジー(笑)