私的まほろば
IF 佳主馬
栄が亡くなったあの年から、年末とお盆はちびーズと佳主馬と私で家中の廊下を雑巾がけするのが恒例になってしまった。冬の雑巾がけは手が真っ赤になり、発熱するためか震え、指先はガチガチになるのでやる側には大不評であるが、ラスボスである万理子に逆らえないのだから仕方ない。最近ちびーズたちも幼さという生意気な武器を自由に奮えなくなってきたらしく、素直に長いものに巻かれている。
そして今日、何度目かの雑巾がけ大会が終わった。いつもと何か違うなと思えば、外は真っ白だった。深々と降り積もる雪は音を吸い込み、世界は白を増していく。雑巾がけのバタバタとした足音が小さく聞こえたのもこのせいだろう。汚い雑巾を洗ってから干すために外へ出たら、空気は当然射すように冷たかった。それを冷たいと感じるのは冷たいと知っているからであって、意識しなければ痛いというかもしれない。夏の日差しも冬の空気も言葉は同じ、『痛い』。空を見上げれば、厚い雲がびっしりと敷き詰めてあり、夏の青空が懐かしくなる。あの入道雲の白と雪の白は何が違うのだろうか。急にそればかりが気になって、確かたくなりサンダルと靴下を脱いで雪の上を裸足で歩く。足元から言葉にしがたい衝撃が一気に頭のてっぺんまで上り詰める。冷たいといえば言いのか、痛いといえば正しいのか。
「……っ、はあ」
身体中に鳥肌が立つ。身体が熱を逃さなくするために頑張っている。
吐く息も白い。けれどそれは風に乗って霧散していく。その光景はいかにも冬らしく、心は少し温かくなる。
「姉ちゃん何してんの!?」
凄く驚いた声が聞こえて振り向けば、佳主馬が寒そうに震えながら濡れ縁に立っていた。
「んー、冬を満喫してるーかな」
「馬鹿でしょ。風邪ひくよ、早く部屋入りな」
佳主馬にそう言われてしまえば、大人しく従うしかない。靴下は履かずにサンダルだけ履いて佳主馬の足元に腰掛ける。
「足真っ赤じゃん」
「手も真っ赤だよー」
どうだ!と言って、佳主馬の長袖に手を突っ込む。
「ちょっ……つめたっ」
すぐさま佳主馬に手首をつかまれ、温かかった佳主馬の腕から離されてしまった。けれど寂しくなった手を、佳主馬の手が包み込んだ。
「姉ちゃん、手冷たすぎ」
「冬満喫してるでしょー」
佳主馬の手は、若者らしく血行のよい暖かな手だった。空いていたもう片手を佳主馬の手の上に被せて、ぎゅっと握る。
「体温分けてー」
「……っ姉ちゃん!」
見上げれば顔を真っ赤にした佳主馬が視線を定められずにおろおろしていた。
「どうしたの?」
「もういいから、さっさと立って!部屋へ行く!」
訳が分からないが、なにやらからかっては可哀想なので大人しく従い、サンダルをその場で脱ぎ捨て縁側に上る。当然解けてしまった手は冬の空気にされされてまたどんどん冷たくなっていく。手をこすりながら歩き出すが、どうも佳主馬がついて来ている様子がなかった。振り返れば、佳主馬はさっきから全く動いていないようである。
「佳主馬ー?……どうしたの?」
声をかければ、佳主馬ははっとしたように見つめてきた。しばらくしてからトコトコと目の前まで歩いてきて、そしてそのままを抱きしめた。は突然のことで声が出ない。目を見開いたままのを佳主馬はさらにぎゅっと抱きしめる。
「ごめん、姉ちゃん。分かんない、分かんないんだけど、姉ちゃんが可愛くて、大好きで、抱きしめたくなった」
いつの間に追い越されていた背。細い細いと思っていたけれど、遥かに自分よりもたくましい身体つき。気がついたら低くなっていた声。抱きしめられてそれを全身で感じ、耳元で話されてみるみる顔が熱くなっていく。
「俺、従弟だし、どうすればいいのか分かんない。けど、もし姉ちゃんが他の奴とああやって手を触ってたらって思うと、凄く嫌」
息を潜めて言葉に耳を傾けていたら、佳主馬の胸から早い振動を僅かに感じた。顔は真っ赤、頭の中はまっさらになってしまったけれど、その鼓動がやたら愛おしいものに思えて、急に抱きしめられていて幸せになってくる。(私が、他の人にさっきみたいに手をつないだら?)とても想像が出来ない、いつだって自分がスキンシップをとりたいのは、佳主馬と理一だけだった。だがいつの間にか理一を卒業していた今となっては、もはや佳主馬のみである。
「……ははは。わっかんない、私も分かんない。佳主馬、なんか私さ、佳主馬以外と仲良く手をつなぐところ想像できないんだけど」
は佳主馬をそっと抱き返し、気持ちと自分の鼓動を落ち着けるためにほーっと吐き出した息はとても白かった。
(おかしいなあ、凄く寒いのに、温かいよ……)
(2010/10/24)