私的まほろば

北斗杯前

「……北斗杯、ですか?」

ごめんなさい知らないです、と素直に言ったら明子さんが笑って同意してくれた。気がついたら塔矢家に私用の湯のみがあったことはまあ追求しないで置こう。なんというのか、可愛いアライグマ柄(地味に、アライグマって珍しいと思うんだけどなあ)で私のもろ好みだったあたりでちょっとドキリとしたけれど(私の趣味、どこでバレた……)一口飲んで、緑茶でほっとしていると本当に和んでしまった。

「それでね、しばらくお父さんと私で中国行くからアキラが一人になってしまうのよ」
「それじゃあアキラ君、しばらくの間寂しいですね」

明子さんも御ぜんについて、寛いでいる。湯のみを温めるように両手で持っているのか、両手を暖めてもらっているのかはわからないけれど、少し視線は下がりがちである。「ええ、」と寂しそうに返事してくる辺りで、やっぱり彼女も寂しいのだろう。

「でも先日、アキラが家を出たいと言い出したときは、驚いたわ」
「へー、アキラ君、家を出たいんですか……まあ、年頃といえば年頃ですしね」
「そうなのよ。まあ、何かと私とお父さんが出かけちゃって、出て行き損なってるみたいだけどね。きっとお父さんも、なんだかんだでアキラには家を出て行って欲しくないんでしょうね、素直じゃないけれど」

思わず二人して一緒に、痛いところを突かれてぐっと困る行洋さんを想像して笑ってしまった。初めて塔矢家を訪れてから間もなく1年になるが、ずいぶんと馴染んでしまったものだと実は苦手なマイ湯飲みに入った緑茶に口をつけた。



「と、いう事でよろしくねアキラ君」
「という事での重要な前の部分を省かないでください」
「回想はばっちりだったと思ったけど、足りなかった?」
「足りない以前に回想があったなんて僕は知りませんよ」

そりゃそうか、ごめんごめん、と謝るがいまいち謝意が伝わっていなさそうである(まあ当然だけど)一年でずいぶんと凛々しくなったアキラ君がちょっと困った表情を浮かべているが、佳主馬と同じで結局可愛いものは可愛い。

「んー要約すると、アキラ君一人じゃ大変だろうしなあ……そうだ私がお手伝いに来ちゃえばいいじゃん!そうしよう!という流れがあった」
「えっ……じゃあ二人で一緒に過ごすんですか?あれ、さん大学は?」
「大学はゴールデンウィーク前で休講がたくさんあるから問題なし。まあ、アキラ君が二人じゃ嫌だというならば私は王子様の家から通うよ」
「べ、別に嫌というわけではないんですが……なんというか、その」
「堪えないで笑っていいからね」

私の一言で堰を切ったようにアキラ君は肩を震わせて笑い出す。どうも『王子様』ネタを理解したときからやたらツボに入るらしい(最初は全く理解してなかったのにね)今、私とアキラ君は彼の部屋で胡坐をかきながら正面に向かい合って話し合っている。一通り笑い終えた彼が未だに困っているのは悩みが解消されていないからであるのは明確であった。

「うん、アキラ君が気にしていることは私だって分かってるけどさ、別に私自身はその辺あんま気にならないんだよね」
さんが構わないなら、僕は構わないけれど……」

許可を取り消される前に身体を反転させてふすまを開ける。廊下に半身を乗り出して明子さんに届く程度の声を出して一言。

「はーい、アキラ君からOKでましたー」

(ですってアナタ)
(……そうか、)