私的まほろば

気分は映画のヒロインで

「うぉぉぉおおおりゃー!」


バタバタバタバタバ バッ

規則正しく掛け声と共に勢いに乗っていた足を音が突如乱れ、よろしくない大きな音となり、止んだ。が縁側を雑巾掛けをしている最中、足を絡ませ見事に3回ほど前転をした。痛さのあまりその場で頭を抱え込むようにして、悶絶するしかなかった。瞳に涙を湛え、声にならない声で叫んでいたとき、自分のものとは違う中性的な声が頭上から降ってきた。

「なにやってんの」

縁側で大の字になり、上を見上げれば、見下ろすように佳主馬が立っていた。脇にはノートパソコンが挟まれている。今落とされたら立ち直れないくらい痛そうだな、と既に痛い頭では思った。思ったことをすぐに口に出してしまう方だとよく言われるもさすがにそれは言わない。まさか佳主馬が実際にやるとは思わないが、クールな彼に鼻で笑われることは目に見えている。

「いや、ちょっと真琴になってタイムリープしてみようかと」
「わけ分からないから」
「……失礼しました」

起き上がるため上半身を上げたとき、無意識に「いたたた」と意味も無く年寄りくさく言ってしまった事にすぐ後悔した。佳主馬の冷めた視線が痛かった。

「どいてくれない?」
「あ、今回佳主馬の部屋は納戸だからね」
「聞いた」
「……うん、ならいいや」

溜息を吐いてから、立ち上がる。佳主馬の少し後ろに丸まった雑巾が転がっている。結構転がったなあ、と笑えば佳主馬が私よりも大きな溜息をついた。

「ねえ、」
「うん?」
「……なんでもない」
「どーしたのさ」
「なんでもない!」
「そっ」

佳主馬の横を通り過ぎて、後ろの雑巾を拾う。

「今日のおやつはきゅうりにしよう」
「……なんできゅうりがおやつなんだよ」
「美味しいから。あー、納戸は風通しが悪くて暑いから後で扇風機もってくね」

雑巾を広げてみればさっき一度濯いだのに真っ黒、仕方ないから縁側を一つ曲がったところにおいてあるバケツの水でもう一度洗おう。ああ、でもだいぶバケツの水も汚くなってきたから代えてからの方がいいかな。暑いけど縁側を通る風が程よく気持ちいい。心地よい音を奏でている風鈴に釣られて振り向いたらまだ佳主馬がそこに立っていた。

「どうしたの?」

ノートパソコン片手に黙ったまま。

「そんなにきゅうり嫌いだっけ?」
「違う!」

おやまあ、佳主馬も立派に反抗期かな、可愛い可愛いなんて思っていたら顔に出たのだろうか、不機嫌さを隠す様子も無くちょっといらいら加減が強めの佳主馬の顔が近くにあった。

姉ちゃん!その、……」

きゅっときつく寄せられた眉間のしわが彼の放つ雰囲気をダイレクトに伝えるように、ふにゅんと形を変えた。

「なあに。……ああああ、そんな顔してると治らなくなるよ」

雑巾を持っていないほうの手の親指で佳主馬の眉間をぐりぐり押せば、嫌そうに頭を振って怒り出す。声変わりをしていない、小中学生の特有の高い中性的な声で文句を投げつけてきた。また背が少し伸びたみたいだし、色も黒くなった、少し明るさも増した、でも目が悪くなりやすいから前髪は切った方がいいと思う。久しぶりに会った彼は着実に成長していた。

「……聞いていないし。いいよ、姉ちゃん、雑巾掛け一緒にやるよ」
「ホント?助かるわー、佳主馬も良い子になったねえ」
「別に」

相変わらずクールなのは変わりないけれど、ノートパソコンを近くの部屋の御ぜんにおいて黙って重たいバケツを運び始める。少し大人になった彼に胸がきゅんとしたのはここだけの話。彼がいないことをいいことに、顔のにやけは垂れ流し放題。泣き虫だったあの小さい佳主馬が、キング・カズマみたいに格好良くなる日はそう遠くない気がする。彼のほうが私よりもOZを始めたのは遅いが、もう使いこなし度なんて比べ物にならない。あっという間に私をまた一つ越えていってしまった、身長だって抜かれるのも時間の問題だろう。「姉ちゃん、姉ちゃん」と懐いてくれた佳主馬が離れていってしまうのは寂しいと、心に冷たい秋風の様なものが通りがかりちょっと親心が分かった気がした。

「姉ちゃん、雑巾洗わないの」

なかなか来ない私を、バケツを持ったまま戻ってきた佳主馬に再びにやけてしまう。遠くなってもちゃんと帰ってきてくれるような気がした。

「洗うよー」





「さっきの、マコトって誰」
「ん?ああ、真琴ってね私の好きな映画に出てくるヒロインの名前だよ」
「……その映画、面白い?」




ssタイトル[前を歩く君の背中と私の距離](09/08/28)