言霊人

07 紡いだ言葉に嘘は無い

 ぎゅっと、両手をしっかり握り締めてから、はやっとの思いで声を絞り出した。

「…1ヶ月程前に、夢を、見ました―――」

 はトロガイに、先日見た不思議な夢について話した。この間までは、いくら思い出そうとしてもぼやけてしまっていたのがウソのように、詰まることなく話せていた。あの時、自分がどう感じ、何を思ったか。そして、口をついて出た『いってらっしゃい』の一言についても。にはまるで、自分の口が勝手に話しているように感じられた。何故こんなに軽やかに話せるの?と、どこか一歩下がった自分が首を傾げている。それでも、かまわずはありのままの考えを打ち明けた。

「『いってらっしゃい』と言ったあの時、私は、見送る立場だと…理解したんです。光は、私の内から生まれた。今まで彼らを、自らの内に守ってきた。そしてそれが…生まれた。その瞬間、唐突に理解しました。私はもう、彼らを見守ることしか、出来なくなったのだと…」

 あまりにも、切ない夢だった。夢中に話しているなか、頬を熱い何かが伝い落ちていることに気がついた。けれどまだ、話し足りない。何故だろう、誰かに『あの夢』を話したくて仕方ないのだ。



 全てを話し終えた頃には、は疲れきっていた。だがそれ以上に、自らの内に達成感があった。トロガイは、が紡いだ言葉を脳に焼き付けていた。の言葉―――その夢が本当であるならば、彼女は重大な使命を持って、この世界に来たことになる。(ならばこの後、この娘は…この世界はどうなるか…)トロガイはぐっと目を瞑り、ナユグの雄大な世界を思い描いた。(やらねばならぬことが多々あるようだな…)は、トロガイが黙ってしまったので、仕方なく目の前の(ほとんどトロガイに食べられてしまっているが)メインの料理に手をつけた。普段の賄いではとても食べられないものが多く、食べられるだけで大満足できた。(いつも運んでるだけで、お預け状態なんだもんね)そんなことを考えながらがささやかな幸せに浸っていると、唐突にトロガイが口を開いた。

「…まだ、分らぬことばかりだ。だが、お前さんはやるだけのことはやったようだ。あとは、自分の思うようにせい」

 語り出しも内容も唐突すぎて、は瞬時にその言葉を理解できなかった。ニ三拍おいてからやっと、言われたことが徐々に頭に届いた。

「…ヤルダケノ事、とは、なんですかトロガイ師…」
「……お前さんの中にいたのは、おそらく『精霊の卵』の元になるモノだったんだろう。卵の卵とは、お前さんも妙なもんを抱えていたな」

 して…と言葉を続けながら、トロガイは酒の入ったビンを手に取る。

「その夢と『ナユグの水』が普通の水になった時期も一致しておる。なにも不思議なことはない…役割を果たしたのだ、お前さんは」

 (『役割』――?私のこの、物語における、役割…)の心は、不思議なほど落ち着いていた。(私がここに来ることによって、物語が始まった?…ならば、あの物語の中心に私が出てこなかっただけで、ちゃんと役割を持って存在していた可能性はある、ってことで…) 己の中の、沈静化していた好奇心が、再び動き出すのを感じる。(なら、私は…ここに居ていいんだよ、ね。何も…何も、気にすることなど無いんだ)が自らの思考に没頭している間に、残りの料理をトロガイがほとんど食べてしまっていた。けれど今、自分もまた物語の一部であったという喜びが勝っているは、まったく気にしなかった。

 そうして、互いに適当な挨拶を述べ、この話はお開きとなった。当然ながら、後片付けはがやった。考えながら仕事をしても、自分がもうほとんど失敗しなくなっていることに気づいたとき、は自分自身の成長に、心の内で笑った。



 一つ何かが動き出すと、周りもそれにつれて動き出すのだと、は実感した。 (私も、この世界を構成する一部であるならば、流れに身を任せてみるべきなのか……) それから数日の間、は自分の今後をどうするべきか悩んだ。

 ――「普通の水」に戻ってしまった「ナユグの水」
 ――「役割」を果たした「自分」

 けれど、帰るすべはいまだに見つからない…否、元から無いのかもしれない。永遠にこの世界の一員となったのなら、世の中にビクビクしているのは馬鹿らしい。それならば、自分が知っている未来の部分を誰かに伝え、良くないことを阻止するという行為は、果たして赦されるだろうか。しかし、このままサグム皇子が死んでしまったら、チャグムはあの物語通り、本人が望んでもいないのに皇太子となり、バルサと離れなければならなくなる。

 でも、チャグムがバルサと居たほうが幸せだとは限らない――そうして考えるうち、この考えに答えは「無い」という、別の意味での答えに到った。ならば、自然な成り行きに任せてみるのが一番かもしれない。
なるようになる。その、いかにも自分らしい考えの落ち着け方に、自分自身で満足した。話せる時が来たら話せばいい。本当に何かを、誰かを守りたくなった時に、自分の知る限りのことを生かして行動してみればいい。何が起きても、それが現実である限り、そこから目を背けることは誰にも出来ないのだ。この世界で生きてゆくためにも、物事を適切な力加減でこなす能力がいかに大事かは、もう身にしみた。一歩引いて考えてみれば、自身がある意味「なるようになった」存在でもあるのだ。(自分の世界に帰れようが帰れまいが、足掻いたところで今の私にはどうする事も出来ないのだから)

 ――ありのままの自分で生きてみるとしようか。

(2009/04/26)