言霊人
12 未来への恐怖
トロガイに夢の事を話した時と、似ているようで何かが違う。は心の隅で、そんな漠然としたものを感じていた。
なんとか呼吸を整えてから、はその場に正座し、アムスラン父子と対峙した。ジン――タイガの右肩の傷は、包帯どころか着物にまで血が滲んでいた。左腕の骨折は、しっかりと固定されている。ドクン、ドクン、と脈打つ心臓を落ち着かせるため、は今一度、深く息をはいた。(トロガイ師に説明した時のように、口が勝手にしゃべってくれれば助かるのに…)は伏し目がちに、しかし、しっかりとした口調を心がけながら話し出した。
「私が知っているのは、チャグム皇子殿下と、その身に関わる人々に起こる出来事の、一部詳細と、おおまかな全体像です」
重たい空気が漂い、沈黙が見えない圧力となってに続きを促す。
「例えば、……アムスラン家は、伝説の八武人の子孫だということ。…つまり、代々末の子が、『狩人』という役目を継いできていらっしゃいますね。その狩人という存在を知るのは、帝と聖導師様のみ。他の八武人の子孫たちも現在、各数字を振り分けられ、代々末の子が狩人を継いでいる。今現在、タイガ様が『ジン』の名を持つのと同じように。」
あまりにも詳しく『狩人』について、国家機密とも言うべき内容を語るに、タイガの表情が変わる。だが、父がまだ何も言わない姿を見て、タイガがすぐさま表情を押し戻したのを、は見た。
「他にも、バルサというカンバル人の女用心棒がチャグム殿下を連れ去った事。…そうですね、その用心棒を追っている時、…『何番』だったかは忘れてしまいましたが、狩人の一人が、バルサに顔を真横に切られたのではありませんか?それから、」
一息置いたは、唾を飲み込み、タイガの目を見る。
「タイガ様は殿下を連れ帰る時、用心棒の短槍で腕を折られ、更には…肩を刺された」
ほう…と、そこで初めて父親のほうが反応を示した。
「…なるほど。しかしあなたは先ほど、『忘れた』とおっしゃいましたな」
「…はい」
痛いところを突かれた、と思った。その動揺はきっと、表情にも出てしまっただろう。構わず、アムスランは続ける。
「確かにあなたは、一般人ならば知り得ない情報を持っていらっしゃるようだ。けれど、…無論あってはならない事だが、もし誰かが漏らせば、あなた以外にもこの事を知り得る事は、十分可能だ。…少なくとも、あなたが今おっしゃった事は全て、過去の出来事なのだから」
アムスランの目は、じっとを見据えたまま。
「…しかし、さん。あなたは初め、『これから』起こる、未来を知っているようにおっしゃっていたように感じたのだが」
そう言ったアムスランの横で、タイガは同意するように顎を引く。は溜め息とともに、再び目を伏せた。
「その通りです。私は、……私は…」
最後に言うべき一言が、なかなか声にならない。ここまで話しておきながら、自分は今なお、この先を言いたくないと思っているのだろうか。開き直ったはずなのにな、と思わず自嘲がこぼれた。そんなの様子に、タイガが眉をひそめる気配が、余裕など無いはずのにも分かった。この父子は今、自分をどう思っているのだろうか。(これ以上怪しみようが無い、ってくらい怪しまれちゃってるのかな、やっぱり…)当たり前か、と呟いて、再び顔を上げる。
「――私は、このチャグム殿下逃亡の一件が落ち着くまでに殿下の身辺や狩人の皆さんに起こる出来事を、ほぼ全て把握しています」
「…ならば、それを具体的におっしゃっていただけますかな?」
そう問うたアムスランに、しかしは即座に首を左右に振った。
「それは、…できません。今ここで私が全てを話してしまえば、未来が変わってしまう可能性が…いいえ、可能性ではなく、確実に変わってしまうでしょう」
そう言って、は膝の上で震える手をぎゅっと握りしめる。
「けれど、今…近い未来に、しかもこの地から離れた場所で起こることなら、話したところで、私たちが未来を変えてしまうことはおそらく無いかと思います。…私見に過ぎませんが」
…本当に、開き直った自分はなんと大風呂敷なのだろうか。話してしまった後悔よりも、自分に対する呆れのほうが大きかった。自分を信じてもらい、なおかつ未来に影響を及ぼさない方法を、なり必死に考えたつもりだ。(『近い未来に起こること』、それは――)確かな記憶ではなかった。けれど、今のはそれに賭けるしかない。タイガの方へ向き直り、は姿勢を正した。(愛嬌なんかより、女は度胸!)
「トロガイ、というヤクーの呪術師である老婆を、青霧山脈まで追っていった狩人が、何名かいらっしゃいますね?」
父の視線に促されて、タイガは口を開いた。
「…確かに、皇子を追うのと同時に、その者にも狩人が差し向けられたはずだ」
は頷いた。
「彼らが戻ったなら、その衣を調べてみてください。誰かの衣の裏に、トロガイ師からの文が綴られています」
断言したを面白がるような笑みで見据えた初老の紳士は、自身の膝を軽く叩いた。
「相分りました。よろしい、必ず確かめましょう。……よいな、タイガ」
「…はい」
渋々といった声音ではあるものの、タイガは父に従った。しかし、未だにその表情は不安そうだ。一度目を伏せ、何か思案し答えを出すまでに、しばらくの間があった。はで、己が打って出た賭けとはいえ、不安にかられていた。双方の言葉が途切れた、その間が恐かった。
「父上、」
すっと、真剣な色を映した息子の瞳に、元狩人である老人も、自然と鋭い光を瞳に宿らせた。
「何だ」
「それまで、この者……、さんには、他者との接触を避けていただかねばなりません。…帰られては、困るのでは」
その言葉に、アムスランは深く頷く。
「当然だな。……すまないが、さん。我々は、まだあなたの言葉を信用したわけではない。少なくとも、先ほどの件を確認するまではあなたにはここに留まっていただかねばならないが、よろしいかな」
「……はい」
『知っていること』を言えばこうなると、分かってはいたものの、隠しきれない不安をいだきながら、は短く返事をした。そんなにアムスランは、悪い様にはしない、と柔らかく微笑んだ。(――彼らが極悪非道の集団じゃなくて、本当に、良かった…)そう心の中で呟いて、はこっそりと胸を撫で下ろした。
(2009/08/02)