06

彼女――に言わせれば『のこのこやってきた健康が取り柄そうな提督』
(もちろんとっても失礼な表現)は誇らしげに治療スペースのベンチに着いていた。
機嫌のよいビッテンフェルトは診療所の観察をやめ、へ視線を移した。

「来たな、軍曹」

どこで名前を仕入れてきたのかなど、愚問であろう。
は気を抜けば色々と溢れ出しそうな言葉たちをぐっと腹の底にまで押しやってから口を開くも、
オプションの笑顔の調子が悪かった。

「今度はどうされましたか、閣下」

たくましい体つきに対して、やや違和感を人に与えやすい細面を少しばかり歪める。

「俺はビッテンフェルト提督だ」
「存じております」
「そうか、ならばよい」

何が良いのか問いただしたい衝動をは堪えて渾身の微笑みで紛らわす。
そんな変化に気づく様子も全く見せず、
ビッテンフェルトは先ほどとは打って変わって愉快そうに笑いながら続ける。

「今後、俺のことは閣下ではなく、ビッテンフェルトと呼ぶように」

彼は至極満足、といった表情である。
そんな彼には幾度か小さく深呼吸して、虫の居所に注意をしなければいけない自分を落ち着かせた。

「閣下……いえ、ビッテンフェルト提督、今日はどうなさりましたか」

彼女は呆れ果て、溜息と共にこぼれた言葉まで疲れていた。
この言葉を他の提督、彼の副官や幕僚たちが聞いたら人によっては激昂したに違いない。
自身の同僚や上官が馬鹿にされてしまっては許すことが出来ないであろう、しかし当の本人は一切気にしなかった。
ビッテンフェルトは彼女の発言に含まれた意味を的確に汲み取った。
彼の機嫌も良かったのも手伝ってか「そうだった。」と何事も無かったかの様に、
『文字通り』質問に答えるべく自身の右手を差し出した。

「指をデスクの引き出しに挟んだ。見ろ、これは舐めても治るまい」

前回の失言は全てあの場で終わったと信じて疑わなかったは衝撃に打たれた。
(根に持っていらしたんですね……!)
これ見よがしにの目の前に手が突き出される。
人差し指の遠位指節間間接(俗称第一間接)部分が、確かに僅かばかり赤くなり、腫れているのが見て取れた。

「勢いよく閉めすぎですよ。ゆっくり丁寧に閉めればここまで赤くなりません」

ビッテンフェルトの手を取って指のおおよその太さと湿布の貼るべき範囲を確認する。
湿布を取りにその場を辞すも、棚は数m後ろにある。
そこで適当な大きさに切る作業中、が背中に感じた視線は疑う余地も無くビッテンフェルトからのものである。

(頼むから今日は絡まないで欲しい……)
保健室

09/07/20
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