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その音は一滴の水が滴るような、けれど雷鳴にも似た音がしたと、彼女は後にミュラーへ語った。
無意識の内に足早で歩いている事にも気付かず、
は手の打ちようがない鼓動と赤らむ頬を必死に抑えようと努力しながら廊下を歩いていた。
封筒を落とし、相手を見て呆けてしまった失態が悔やまれた。
これを人は一目惚れと言うのだろうか、にはそんな事はどうでもよかった。
ちょうど曲がり角に差し掛かった時、反対側からミッターマイヤー、ロイエンタール両提督が話しをしながら曲がった。
双方とも気付き、が壁に背中を向け敬礼をした。
返礼の後、二三言交わした頃がはっとして、
ミッターマイヤーに身体ごと正面になるよう向けた。
「男心を教えて下さい!」
反応に困っているミッターマイヤーより先に、ロイエンタールが鼻で笑った。
「阿呆はどこまでも阿呆か」
「私、馬鹿よりも阿呆の方が傷付きます。
じゃなくて、それどころではないんです、ミッターマイヤー提督!」
若干後ろに一本引き気味のミッターマイヤーが頷いた。
「恋に落ちる音がしたんです」
真剣そのもののにロイエンタールは片手で両目を抑え、笑っていた。
「馬鹿過ぎて聞いていられん」
「しっかり聞いているではありませんか」
瞳に興味の光を浮かべたミッターマイヤーが加わった。
「で、相手はだれなんだ?俺としては残念なんだが、ロイエンタールではなさそうだな」
「当然だ」
「全くです」
が深く頷き、恥じらいを見せながら、
「それで、相手は……、」
「ロイエンタール提督、ミッターマイヤー提督、……失礼、お話中でしたか」
「えあっと、私は失礼します。では」
そそくさとその場を退場して行ったを見送った後、両提督は打ち合わせたかの様にミュラーに視線を移す。
ミュラーは適当な表情を探すしかない。
「俺は高みの見物としようか」
「ああ、邪魔だけはしないでやってくれ」
余りにも素直過ぎる告白に二人は苦笑するしか無かった。
「どうかなさったのですか」
「悪い、気にしないでくれ。卿は今の者を知っているのか」
「軍曹の事でしょうか。先ほど書類を持ってきてくれましたが」
ミッターマイヤーは内心、既に名前を記憶させるとはやるなあ、と感心しながらもなんでもないように装った。
「そうか、いやなんでも無いが、彼女は妻の友人でな、実に面白い奴なんだ」
ミュラーが曖昧に返事をした。
ロイエンタールは一人心の内で、
「今しがた奥手そうな振りをしておきながら、抜目ない奴め」
面には出さない苦笑を浮かべつつ独語した。
当の本人は近くに行われる捕虜交換式の準備に追われ、
現を抜かしている隙が無くなってしまい、瞳に心の汗を溜めながら医務室の机に縫い付けられて日々は過ぎていった。