通り雨
来 4
「然れば、殿。たしか、栄殿とおっしゃっただろうか。挨拶に伺いたいのだが」
「……、ありがとう。じゃあ、こっちにお願い」
そう言っては幸村を仏間へ連れて行く。
「……」
仏壇の前で神妙な面持ちで言葉を発しない幸村の隣に正座し、そっと手を合わせる。幸村もあわててそれに倣った。
「おばあちゃんは、一昨年亡くなりました。老衰でした」
「……」
「畳の上で大往生。その時色々あったけれど、良い歳でしたし上々ですよね」
合掌を解いた幸村が仏壇に置かれている、懐中時計にそっと指先で触れる。
「手に持って大丈夫ですよ」
「う、うむ」
幸村の手のひらに納まると懐中時計がとても小さく見える。古ぼけ、人の油で鈍く光るそれがからしても不思議で仕方ない。なぜ、栄が時を遡りまた戻ってきたとき、この懐中時計だけは残ったのだろうか。そして、今もポーチの中にある幸村からもらった櫛は一緒にこの時代へ来たのだろうか。
あの時、は着物を着ていた。まして麦藁帽子など手にしていなかった。けれども、戻ってきたとき、行ったときとまるっきり同じ格好だったのである。持ち物の変化は、その懐中時計と、櫛だけ。ただ、は思う。
(懐中時計がなければ、きっともっと辛い日々だった)
栄が、時を越えてを守ってくれた様なものである。
ずっと昔に、栄が信玄と出会い、縁を築いてくれたおかげである。
「まこと、不思議なものでござるな」
「……」
「某は、幾度となく殿とまたお会いしたいと願った。それがようやく叶うも、某が厄介になる立場になってしまった」
「……」
「お館さまも、栄殿に再び合間見えたいと願っていたからこそ、殿にあの時お会いしたのでござろう」
「そう、ですね……」
「あの後のお館さまは、とても良い顔をしておられた。殿が来ることは、運命だったのやも知れぬ」
「……じゃあ、幸村さんがこちらへ来たのも、運命かも知れませんね」
コトリと小さな音を立てて、幸村が懐中時計を元あった場所に戻した。再び合掌してから、に身体ごと向ける。
「そうやもしれぬ。いや、そうであったら、うれしい」
真摯な瞳に見つめられ、の胸が弾む。以前なかった落ち着きに、安心感と居心地の悪さが同居する。気持ち視線をずらし、曖昧に微笑むしかない。
「なら、幸村さんも何か得てから帰って頂かないと……」
「もう十分でござる。こうして、再び殿をお目にかかれたこと、この上ない喜びでござる」
2013/01/07