私的まほろば
アライグマの宅急便
「ターゲット確認『速やかに作戦を実行せよ!』ラジャー!」
が一人でコソコソなにやら扇風機を抱えながら遊んでいた。前もって断っておくが、別に一人二役やっているのはにお友達がいないからとか、そういう訳ではない。
カチャ
カチカチ
首の角度、風の強さをしっかりセットし、今一度確認したら再び忍び足でそっと納戸まで近づく。大事なのはココからだ。扇風機を置いて、コンセントを挿して、またばれない様に後退しなければならない。これは非常に重要な任務である、と勝手に認識しておく。しゃがんだ状態のまま、扇風機を抱え、納戸の真後ろまで来た。佳主馬はノートパソコンに夢中で気付いていない、筈。扇風機の着地音を軽減させるために、は首から下げていたタオルを二つ折りにして納戸の入り口に敷く。そしてゆっくり丁寧に、こっそりと扇風機を置く。息を殺して、コンセントを掴み、二つある口の空いている方にコンセントを一瞬で挿す。
ズブッ
思いのほか大きい音がしてしまい、心臓が大きく鼓動する。だが幸い、佳主馬は(なんだか高そうな)ヘッドホンをしっかりつけているために、聞こえなかったようだ。リモコンがズボンのポケットに入っていることは、動くたびに太ももに当たるので確認できている。来たときと同じようにしゃがんだ状態になり、すり足で速やかにリモコンの赤外線が届くぎりぎり(だと思われる)の距離まで離れる。
縁側の一つの柱の裏に隠れて(全然隠れていないが気分の問題)、リモコンの狙いを定める。扇風機の風力は最大にしてある。今、この私の手にあるリモコンのボタン一つで私は納戸の制空権(凄く大げさ)が奪える。伊達にちびっこギャングの元親玉(私の先代はお兄ちゃん)をやっていない、さすが私である。
ゴクリ
生唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえる。それほど私は緊張しているのだろうか。今、このボタン一つで、私は佳主馬を、怒らせる!(いつもイライラしてるけど)さあ、時は満ちた。
Pi
少し汗ばんだ手で押したボタンはしっかり指示を伝え、扇風機はどんどん速さを増していく。全力になるちょっと前に佳主馬は気付いたのか、振り返って、すると縁側の柱に隠れた私と目が合った。あわてて私は顔を柱に重ねて隠れた『フリ』をする。そこからこっそり覗いた彼の瞳にはすぐさま怒りと呆れの色が浮かぶが、風力マックスの扇風機の風に前髪があおられて邪魔らしい。前髪が長いのが悪い。あとで前髪を結んであげよう。
「姉ちゃん!」
ああ、怒ってる怒ってる。やっぱり可愛いなあって思ってしまう私は怒られていても健在で、ニタリと笑う。
「佳主馬ー、扇風機届けておいたよー!」
「届け方間違ってるから!」
一度ノートパソコンと向き合い直して、なにやら打ち込んで、そこでパソコンから佳主馬は離れた。たぶんOZからログアウトをしたのだ。そのまま、膝で少し歩いて扇風機本隊の手動操作ボタンで風力を弱くした。しかしそれでは私がつまらない。ごめんね、こんな生産性が全く無いいとこ(しかも大学生)で。
「えいっ!」
Pi
リモコンボタンで再び私が風力をマックスにあげる。顔が正面にあった佳主馬は情けない声を漏らして、扇風機の根元に伏せて風の力が及ばない位置へ避難した。四つん這いで彼はそのまま納戸から出てきた。
「姉ちゃん!」
今度は立ち上がって、軽くて小さい身体で一生懸命床を踏み鳴らしながらこっちに向かってきた。絶対に怒っている。
「そんなに怒ると暑くなっちゃうよー」
「誰が!誰が!……あーもう!」
1mくらい離れたところに立った佳主馬はそこで地団太を踏んだ。クールな彼がこうやって思いっきり怒るのは、実は珍しい。きっと彼を見上げる私はさぞやニタニタ楽しそうに笑っていることだろう。その顔を見て、彼はきっとより怒る。想像した通りの台詞に行動、だから私の計算された煽るための返事にも気付かない。
「扇風機要らなかった?」
「いや、いるけどさあ!なんで、姉ちゃん、はあ」
「溜息はよくないよ、少年」
「佳主馬」
「ん?」
「佳・主・馬!」
「ああ、少年って呼ぶなってこと?」
「そう!」
自分で言った台詞が恥ずかしかったのだろう、照れたようにそっぽを向いた佳主馬の横顔が前髪で隠れて見えずらいのが残念。そうだった前髪を結ぼうと思ったんだ。とっさに腕に目をやるがゴムは無い。
「あ、ねえ髪ゴム持ってない?」
「はあ、俺が持ってるわけないでしょ」
「それもそうか」
やっぱり私が計算外のことをやるとどこか抜けているらしく、彼はすぐにクールに戻って冷静に突っ込んでくる。
「うーん、やっぱり佳主馬と縁側は冷たいなあ」
どうやら今の台詞ちょっとショックだったようだ。顔に出てるよー、と言いたいけれどそこは我慢。
(10/02/13)拍手再録