私的まほろば
ここで逃げ出せばよかった
「12時30分 罪状は……えーと」
「えーとはいらんよ」
「えーとはいらん!……じゃなくてお前は黙ってろ!いつのCMだよ、そのネタ」
ぶーぶー、とワザとらしく頬を膨らませて怒ってみせる。手錠を掛けられた健二君がとても哀れに思える。なにせあのお兄ちゃんに捕まえられちゃったんだ、一生の汚点だ。(!いい加減怒るぞ!)(もう怒ってるよー)たぶん、彼は違うんだと思う、はっきりとした理由はないけれど、彼は悪くない。
「あのテレビでやっているのは、本当にお前さんなのかい」
今まで沈黙を守ってきた栄おばあちゃんが口を開いた。
「ニュースを見たってあたしは何が起こって、誰が困っているのやら良く分からない。でもあの写真は、間違いなくお前さんなの?」
視線を落した健二君は悲しそうに話した。
「ボクは、無実です」
無理やり引っ張ろうとしたお兄ちゃんに抗って、おばあちゃんの前まで進んで、正座した。瞳は懐かしむように柔らかい、けれど諦めの綯い交ぜになった色をしていた。
「ここにきて、すごく楽しかったです……!その、うちは父が海外に単身赴任中で、母も仕事が忙しくて、家ではたいてい僕ひとりです。それが当たり前でした。だから大勢でご飯食べたり、花札で遊んだり、こんなに賑やかなのは初めてって言うか……。ちょっと戸惑ったけど、でも楽しかった。夏希先輩に頼ってもらえたのも、嬉しかったんです。……お世話になりました」
優しく相槌を打つおばあちゃんと、弱弱しく告白をする健二君。彼のまっすぐな言葉は、彼自身を表しているようで、ぐっと瞼の上が熱くなった。おろおろしていたのは慣れない家に来たからだけじゃなくて、うちの賑やかさに圧倒されていたんだ。たぶん彼は楽しい迷子になった気分だったに違いない。それなのに夢が覚めたら、一気に皆から突き放されたのだ。丁寧に頭を下げた健二君よりお兄ちゃんの方が悪役に見えた。
私は流れ込んできた感情に耐えられそうになくて、居間を離れ、外の井戸まで行き、冷たい水で顔を洗う。拭うタオルを忘れたことに気付いたときには、もう遅くて顔はビショビショ。仕方ないと掌で適当に水を払おうとした時、タオルが差し出された。いつもこんなタイミングでタオルを持ってきてくれる人は、一人しか私は知らない。
「ありがとう」
受け取って、顔を拭いてから見上げればやっぱり私の王子様。
(10/02/24)