私的まほろば
泣き虫の涙
は色々と泣いて、片づけして、疲れてそのまま眠ってしまった。程ほどの疲労が心地良く質の良い眠りを誘ったおかげなのか、それとも時折働くの勘の良さなのか、はたまた虫の知らせがあったのかは、定かではない。しかし、は普段より早く目を覚ました。この時彼女はまだ、今日が人生において重要な一日なることを当然知らない。
時間は5時前。
暑いからと開けられた障子の向こう側は既に明るくなりつつあった。朝の涼しさが気持ちよく、今ならきっと最高の二度寝が出来ると確信しつつも、すぐには寝る気になれそうになかった。目が覚めてしまったのだからと、はお手洗いのために起き上がった。
用を済ました帰り道、栄の寝室の傍では違和感を感じた。朝の静けさには不釣合いな、犬の唸り声と鳴き声の交じった、不安に駆られるような声。無意識に唾を飲み込んでから、寝室へ繋がる縁側を小走りで進み、他の部屋同様開かれた障子から中を覗き、飛び込んだ。
「おばあちゃん!」
悲鳴にも似た、叫びをは戸惑うことなく上げた。とっさにポケットに携帯を求めて手を突っ込むが、無い。部屋に置いてきたのだった。浅く早い呼吸ばかりを繰り返す栄の手をぎゅっと握り、あたりを見渡すが連絡手段は無い。誰かに届いて欲しいと願い、また栄にそばに居ると気付いて欲しくて、再び叫ぶも回りの雰囲気は変わらなかった。あまりにも突然のことで、心の準備も何も出来ていなかったの瞳からは涙が溢れ出した。
(嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ、そんなの嫌だ!)
心細くて堪らない、そんな時、握っていた栄の手がの手を強く握り返してきた。
「えっ……」
はっとして、栄の顔を見るが相変わらず苦しそうなままである。どうにかしなければ、早く大人を呼ばなければ、そうは思っても、どうしてもこの握り返された手を離したくなかった。外に視線をやれば、不安そうにこちらをのぞき込んでいるハヤテと目が合った。
「ハヤテ鳴いて!思いっきり!早く、皆を呼んで!吠えて吠えて吠えて!早く!」
言葉を理解したのか、必死な形相のから何かを感じ取ったのか、ハヤテは一気に吠え出した。
(早く、皆来てっ……)
涙がボロボロ零れるのも気にしないで、は栄の手に空いていたもう片手も添えた。
「おばあちゃん……」
「……なんだ、い、」
「おばあちゃん!」
は思わず手を握ったまま栄にもっと近づいた。
真上から見下ろすように、栄の顔を見つめる。
「最期まで、あん、たは、泣き虫だ、ね」
「だってだってだって、おばあちゃん、嫌だよ!」
「……いつもみたいに、笑い、なさい」
(2010/05/10)