私的まほろば

不安定な気持ちと不安な思い

裏の山では蝉が短い自由を満喫するために、元気良く鳴いている。でもきっとやつらの命は、栄の様にもうじき散るのだろう。風鈴が静かに鳴った。見えない風が、音になって姿を現しては去っていく。すすり泣く者、ただ遠くを呆然と眺める者、黙々とゲームに集中して気を紛らわせる者、陣内家は似つかわしくない奇妙な静けさに捕らわれていた。

もまた、縁側に腰掛けて外に立っている理一の背中と対照的なまでに明るくのびのびとした青空を見つめていた。

静かなことがこんなにも怖いとは知らなかった。また風鈴が風を知らせた。湿度は高い筈なのに、周りの雰囲気は乾燥しきっている。まるで遠くでの出来事を傍観者の様な気分では再び陣内家の面々を見渡した。

ぐぅ

タイミングよく、の腹が鳴った。自身、お腹がすいていることなど全く気がつかなかったものの、腹の音が気付かせてくれた。(気持ちはいっぱいいっぱいでも、何かとりあえず食べないと。暑いし、皆が倒れちゃうや)大きく伸びをしてから肩をまわしてから身体をひねり凝りをほぐす。気だるいさと、嫌な疲労感は振り払えそうに無い。ぶらんと垂れ下がった足を意味無くばたつかせて気分転換を図ってみたが、ぱっとしない。仕方なくがゆっくりとした動作で立ち上がった。それを見た奈々も加奈を夫に託し、静かに腰を上げる。互いに頷きあって、そっと二人はその場を離れた。



ちゃん」

の隣を歩く奈々が気遣わしげに声をかけた。名前を呼ばれただけで、何を言わんとしているか察せたはへへっと笑った。そんなに奈々は意外そう小さく笑みを返した。

「奈々さんありがとう。なんていうのか、案外大丈夫そう、かも」

うん、という僅かな相槌で、必死に忘れようとしていた心の重みが余計に気になりだす。は嘘ではなかった筈なのに、嘘になってしまいそうになる。比較的歳の近い奈々とは会ってからすぐに仲良くなれた。優しい奈々はにとって姉の様な存在で、気がつけば何でも話せる人だった。だからこそ、理一にも父にも言えなかった後悔を話してしまいたくなった。

「……おばあちゃんがね、いつもみたいに笑ってなさいって言ってたの」
ちゃん……」
「でも、笑えなかった」

は突然熱くなった涙腺が気になって、何度も瞬く。

「だから、さ、私っ……」

うん、先ほどと同じ優しい相槌、加えていつの間にか前に回りこんでいた奈々がそっとを抱きしめる。よりも小柄な奈々の背中に回した手が柔らかいリズムを刻む。

「私も栄おばあさま、大好き。でもね、同じくらいちゃんも大好きなの。無理して笑わなくてもいいの、それはおばあさまだって分かってるわ。だって辛そうな笑顔は私たちだって辛いもの」

ちょっと奈々が離れて、と視線を合わせた。
ねっ、と微笑む。

「きっとおばあさまは、自分のことで悲しみすぎないで、またちゃんにちゃんと笑って欲しいって思ったからそう言ったのよ。だってちゃんの笑顔って、なんだか平和そうでほっとするのよ」


(2010/05/13)