私的まほろば

壊れたものと掌に残ったもの

「…佳主馬?」

母、おば、従姉たちに見つめられて、佳主馬は苦しそうに目を見開いた。くるりと回り、画面に向かいキーボードを高速で何かを打ち込み始める。画面の中のキングは既にボロボロ。これ以上の戦闘が不可能なのは誰の目にも分かる。慌てて健二君が止めに入るが、佳主馬は煩い!の一言で遮ってしまう。キングだけではなく、目の前で必死になっている佳主馬までがどんどんボロボロになっていくかのように見えた。

「動け、動け……うごけっ……うごけぇ…!!」

キーを叩いていた指は止まり、四つん這い状態の佳主馬の顔は伺えない。けれど小刻みに揺れる肩と、ぽたりと畳を濡らした涙で全ては察せた。大画面の中のキングは消え去り、ラブマシーンと呼ばれるそれは、巨体にそぐわないウサギの耳の様なものを頭に生やした。

「――ごめん、大おばあちゃん。母さんを……妹を……守れなかった……!」



『姉ちゃんは頼りないから、こっちのことは俺に任せておいて』

珍しく真っ直ぐだった佳主馬の笑顔が脳裏に浮かぶ。はぎゅっと胸が苦しくなって、自分のまぶたが熱を帯び始めたのを感じた。万助おじいちゃんが佳主馬の頭をぐしゃぐしゃに撫で回す。泣くよりも怒る、泣くよりも無視する、泣くよりも黙り込む佳主馬が、泣いている。


「―――まだ、終わっていません」

沈黙を破り、健二君が確かな声で言った。

「もう、負けたじゃん…」
「負けてないよ」
「負けたんだよ!」
「まだ、何か――手があるはずだよ」

健二君の台詞に、皆が彼をじっと見つめた。

「何だよ、手って!数学とは違うんだよ!」

健二君の言葉に納得がいかないのか、お兄ちゃんが畳を踏みつけた。振動が部屋を揺らし、子供たちが親の足にしがみつく。けれどには、健二君の負けたくない、投げ出したくない気持ちがひしひしと伝わってきた。

「――同じです。あきらめたら解けない。まだ2時間近くもあるんです。ここで諦めるなんて、勝負を投げたも同じです!」

今の、彼の気迫は凄い。初めて会ったときのおどおどした彼からは全く想像できないくらい、しっかりしている。きっと、私だけではなく皆もそう思ったのだろう。もう誰も、何も言えなくなった。(健二君は、心が折れないんだ)ほんの一瞬、私がぼうっとしていた間に、夏希はどこかへ駆け出していってしまった。背後で真理子おばさんがなにやら大騒ぎをしている。

――と、私の中で急に音がした。
それはつまらなくてなかなか進まなかった本が急に面白くなって、続きが気になってどんどんページを捲っていくような。


(2010/08/25)