私的まほろば
一歩踏み出せる勇気
(…私に、出来ること)
は食器を洗いながら、呪文のようにひたすら胸の中で繰り返し呟いていた。そんな時、ポーンと携帯が小さく鳴った。OZのマイページに設置されている伝言板に、書き込みがあった合図である。メールの送受信はまだ安定しきっていないので、公に晒されても問題ないことは伝言板に書くことが多くなっているのは知っていたが、必要以上にログインして奴にアカウントを奪われる危険を犯したくはないので、最近は友人たちもあまり利用していない筈である。ならば一体誰が。首を傾げつつ食器を洗い終えてから携帯を開いた。
本に眼鏡をかけたアイコンから吹き出しが出ている。
「この度はご愁傷様でした。近いうちにそちらへ家族で伺います。 K」
ははっとした。思い出そうと思っていたことを、友人が思い出させてくれた。思い出そうと思っていたことを、友人が思い出させてくれた。
(伝言板は正常に動いているんだよね…)
――これだ。
頭ではなく、心でそう感じた。
鞄の中から手帳を取り出す。基本的に友人たちの情報は携帯に詰め込んであるが、それ以外の人間の情報は手帳に書いてある。理一の部屋を勝手に借りてしまった、が怒られはしないだろう。今はひたすら一人で作業がしたいのだ。目蓋を閉じて昨日の(…そう、つい昨日なのだ)、栄の姿を思い描く。が栄になることはできないし、なる必要も無い。(そう、それでいいの…。今はただ、自分の出来ることを精一杯、やればいい)前を見据え、背筋を伸ばし、腹筋に少し力を入れれば、程よい緊張感に包まれる。
まずは身近な友達の伝言板に、続いて全国区のテレビ局や、各新聞社。そして手帳の終わりの方をぺらぺらと捲って出てくる数枚の名刺――陣内の人間として連れまわされた各所で貰ったものだ。陣内家、あるいは栄に恩があるという人がたくさん居た。この先、何かあったらいつでも力になります。そう言って渡された、たくさんの名刺。お会いした後、お礼として連絡を数回とったきりだが、今こそ助けを求める時だ。世間の大物と言われている人々だが、今は恐れている暇は無い。直接繋がるアカウントを潔く打ち込むしかないだろう。伝言板には文字数制限があるから懇切丁寧には書くことは出来ない。今はただ、少しでも多くの人にOZのカジノステージでの対戦を知ってもらわねば。そのなかの一部だってかまわない。アカウントを預けてくれる誰かがいればラッキーだ。
「【拡散希望】OZ内ワールドクロック(現在はカウントダウン)の01:00:00:00より、CASINOステージにて、アカウントを略奪しているAIラブマシーンと、NATSUKIがアカウントを賭けて対戦します。応援、よろしくお願いします! 」
いつもと同じアライグマのアイコンのはずなのに、妙に強気な表情に見えた。
(2010/08/28)