通り雨

往 2

頭のてっぺんから足の爪先までびっしょりなのは、彼も私も大して差は無かった。



「おおおおおおおおお、女子がなぜここに!」

はっとした赤い人が雨の降る音さえ遠くに聞こえるくらい、大きな声で叫びの倍以上後ろへ後ずさった。拭っても拭っても滴ってくる雫には諦めながら、自分を落ち着けるために前髪を分けた。

(人がいることより、女性がいることの方が大事な問題……?)

いやいやそれよりも、心の隅でセルフツッコミをしてから現状を考え直してみる。真緒の帽子を回収した帰り道雨が降りだした。雨を見上げたら目に入って、気がついたら目の前に六文銭――真田家の家紋を文字通り背負った男性が立っていた。
いつの間に現れたのだろうか、どう考えてもそんな時間は無かった。雨で人の気配に気がつけなかっただけと言われればそこまでだが、この裏山に来る人など高が知れている筈だった。しかし目の前の彼をは全く見覚えが無い。

「その面妖な着物、身形……そなたは何者か!この様な山奥に何ゆえおるのだ」

相手も同じようなことを考えていたらしく、鋭い雰囲気を放ちながらを見据えている。先ほどは気がつかなかったのだが手には槍を油断無く構えて立っており、寒さとは別の何かにゾクリと全身が粟立つのを覚えた。

「ち、違う!えっあ、その貴方こそどちら様でしょうか……」
「問いの答えになっておらぬ」
「……そんな、知らない方に教える名前なんて持ち合わせてません」

見知らぬ男性、刃物この二つの要素で十分警戒するべき存在にだと認識したは、少しでも距離をとろうと慎重にゆっくり後ろへと下がった。

(運動神経良さそうだからこの距離なんて一瞬だろうけど、少しでも遠いことに越した事は無い)

相手は今にも飛び掛りそうだが近寄ってくることは無く、ちょっとずつだが距離が離れていく。下がれるだけ下がろうかが思案に気を取られた瞬間、彼があっと声を発した。何事かとそちらに意識を戻そうとしたが、一瞬ガクっと身体の自由が利かなくなり落ちる感覚が纏わりつくも、次の時には背中と腹に大きな衝撃を受けた。

恐怖で閉じた目蓋を押し上げてみれば重たい空と雨粒、生い茂る木々が広がっていた。

「っつぅ……」

歯を食いしばしり痛みを堪え、なんとか上体を起こそうとしては気がついた。は道から外れ大した高さではないものの落ちて木の幹に受け止められており、不安定な姿勢で一歩間違えれば下に落ちてしまいそうだ。もしこの木が無ければもっと下まで転がり落ちて面倒なことになっていたことだろう。無意識の内に動かしたのであろう、掌には大きな擦り傷があり血が滲み雨でぬかるんだ泥と混ざっている。

「だっ大丈夫でござるか?」

真上から焦った声が雨と一緒に降ってきた。

「……あ、はい、その、なんとか……」

強張っていた彼の顔が少し柔らかくなったように見えた。


2012/12/22